anti-doping Forum

Topic 12
抜き打ち検査について

 ドーピング検査は競技終了後に行われる競技会検査と、競技会の事前に抜き打ちで行われるいわゆる抜き打ち検査(競技会外検査)の2種類に分かれる。最近件数がとみに増しているのが抜き打ち検査である。6,250検体(オリンピック5,000検体、パラリンピック1,250検体)。前回の北京大会では4,770検体であったのに比較して大量に増えた(複数の資料から)。国際オリンピック委員会(IOC)によると、ロンドンオリンピックでの違反は6件で、うち5件は競技前の抜き打ち検査で明らかになったと言われている。ロンドンオリンピック開催前に多数の抜き打ち検査が行われ、多数の違反者が摘発された。薬物使用者が本番の競技会に参加できなかったのが、ロンドンオリンピックでドーピング違反者が少なかった理由のひとつにあげられている。日本でも当然数多くの抜き打ち検査が行われている。ちなみに2012年度では国内で5,500件ほどの検査が行われたが、抜き打ち検査は1,900件ほどであった。2013年度にはボディビルでクレンブテロールが抜き打ち検査で検出された人がいた。
 抜き打ち検査はこのように大変効果的な検査であるが、問題は検査を受ける選手の居場所である。これについては居場所情報としてWADA、JADAがADAMSと呼んでいるシステムで一括IT管理されている。エリートアスリートである対象選手は4半期ごとに居場所情報を提出する義務がある。選手にとってはプライベートが失われる結果であり、これも同意したうえで初めて各種競技会に出場できる権利が得られたと解釈しなければならない。居場所情報を提出せず(居場所情報未提出)、JADAから書面による正式な警告を受けた回数、または検査を受けなかった(検査未了)回数が、連続する18ヶ月以内の期間に単独で、あるいは合わせて3度に及んだ場合にはドーピング防止規則違反となる。
 選手にとっては大変めんどくさいシステムであり、このシステムに打ち込むのにITに習熟したトレーナーなどの代行者も場合によっては必要である.JOC傘下の団体のみならず、ボディビルにも抜き打ち検査の実施が広がってきており、ドーピングに対して普段から襟を正して生活をしないとひどい目に遭うだろう。

Topic 11
TUEについて

 TUEを初めて聞く人が多いと思う。これはいったい何か。TUEとはTherapeutic Use Exemptionの略である。日本語に訳すと「治療目的使用に関わる除外措置申請」のことである。選手が持病を持っている場合、その治療にたとえ禁止薬物を使用してもドーピング検査で違反に問われないケースがあるということである。これについてはいろいろと条件がある。世界アンチ・ドーピング機構WADAのホームページ(http://www.wada-ama.org)および日本アンチ・ドーピング機構JADAのホームページ(http://www.realchampion.jp)によると、治療上使用しないと健康に重大な障害を及ぼすことが予想される、他に代えられる合理的な治療法がない、治療上使用した結果健康を取り戻す以上に競技力を向上させる効果を生まない、ドーピングの結果生じた副作用の治療ではない、が必須条件である。
 ドーピングを故意に行っている者は、たとえ副作用の治療で正当性を主張しても、TUEの申請条件からは外れるわけである。むずかしいのはただ知らないでサプリメントを使用した、その成分内に禁止物質が入っていた、というケースである。知らないでそのまま競技会に出場し、ドーピング検査で陽性になった場合は当然失格となり、試合結果は無効となる。このことからサプリメントによる副作用の治療でも、TUEの申請はむずかしいと思われる。ここは覚えていてほしい。
 よくあるケースとして、気管支喘息、アトピー性皮膚炎その他皮膚病、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)高尿酸血症、上室頻拍などの不整脈、うつ病、パニック障害、自律神経失調症、不安障害などがあげられると思う。これらの疾患に罹患しているときは積極的にTUE申請を行う必要がある。
 TUEの事前申請は基本的には選手が所属する国際競技連盟かJADAのTUE委員会に提出する。しかし、ボディビルやパワーリフティングなどJOCに属さない競技団体、日本プロ野球機構(NPB)、日本サッカー協会(JFA)などはそれぞれ異なるが所属団体の当該委員会に提出することになる。その点、プロ団体として日本相撲協会はドーピングに関してはだらしなく、文部科学省の強力な指導が必要である。なお、以前中日の中心選手がTUE申請の継続を忘れ、ドーピングコントロール違反に問われる失態もあった。また何らかの急病で禁止物質である治療薬を使用した場合も速やかに事後としてTUE申請を行う必要がある。これはJADAのホームページからは「遡及的TUE申請」と呼ばれ、「緊急性を証明する医療記録」の添付も義務づけられている。
 申請書類を主治医、あるいはチームドクターなどに書いてもらう必要があるが、その書類の所在地はhttp://www.playtruejapan.org/downloads/tue/TUE_applicaton2012.pdfである。書類の申請には医療機関に文書作成料を支払わなければならない。またJOCに所属しない競技団体には書式が異なることもあり得るので個別に問い合わせをする必要がある。なおNPBの場合は、http://www.npb.or.jp/anti-doping/tue_op.pdfである。
 持病を持っている選手は日頃から主治医、チームドクターといい意味で懇ろ(ねんごろ)になっていることをおすすめする。そうすると書類作成などがスムーズに進むと考えられる。また、トップアスリートであればトレーナーもいる場合も多いと思うが、TUE申請の実務作業を行うにあたってトレーナーの能力が問われる分野である。選手も十分にトレーナーの能力を推し量っていただくことを希望する。上述した中日球団は当時その点大変お粗末であったことが想像される。
 以上、TUEについて述べた。持病を持って選手活動している選手やそれを支えるトレーナーの人たちには必読である。
 (上記URLは執筆時のものであり、今後変更となる可能性がある)

Topic 10
赤血球増多の問題


 血液には液体部分の血漿と固体部分の血球成分に分けられる。運動・スポーツをすると特に夏などの暑熱環境下では血漿が汗などで体外へ失われていき、その結果脱水となり,さらに血液が濃縮した状態になる。喫煙やメタボリックシンドローム、脂質異常症(高脂血症)、肥満症などではメカニズムはわからないが、血漿量は少なくなる。こういう人たちは日頃から積極的水分補給が重要である。柔道など格闘技、野球の野手、パワーリフターなどの人はこのような状態を呈する人が多い。血球、容積において大部分を占める赤血球が増えるといわゆる赤血球増多の状態になる。赤血球増多症は多血症と呼ばれる。上記に述べた血漿の喪失も相対的多血症である。
 一方、造血ホルモンのドーピングや血液ドーピングなどによる造血によりもたらされる者は二次性多血症と呼ぶ。赤血球数を増やし、血色素であるヘモグロビンを増やし、ヘモグロビンは酸素と結合して,末梢により多くの酸素を運搬することになる。その結果、有酸素能の指標である最大酸素摂取量が増大するということになる。マラソン、サイクリング、クロスカントリーなどの持久性の競技ではしばしば造血ホルモンであるエリスロポエチンの使用が摘発されるケースが少なくない。サッカーなどでも有効である。ツールドフランスであのアームストロング選手が長年エリスロポエチンを使用してきたと告白したのは有名な話しである。日本人選手も無縁ではなく、2012年12月に日本人女子で最高位の選手が摘発された。
 エリスロポエチンは腎臓の尿細管間質細胞から分泌されるペプチドホルモンである。一部は肝臓から分泌される。血液幹細胞に作用し、赤血球系への分化を促す。慢性腎疾患、たとえば糖尿病により腎症が起こり、最終的には慢性腎不全に陥る。慢性腎不全の最終局面では腎の機能が廃絶するので、老廃物を体外に排泄するために人工透析が行われる。そのようなときには腎臓からエリスロポエチンが分泌しなくなり、貧血状態に陥る。これは腎性貧血と呼ばれる。これを解決するには体外からエリスロポエチン補充療法を行わなければならない。エリスロポエチンはペプチドホルモンのため分子量が多く、遺伝子組み換えによるエポエチンα、エポエチンβと言われる注射製剤が開発された。
 長年血液増多状態が続くと、当然血液粘性は増してくるので血栓形成のひとつの要素にはなりやすくなる。すなわち、脳梗塞や心筋梗塞、さらに肺梗塞などはひじょうに起こしやすくなるものと思われる。エリスロポエチンを使用しているアスリートがしばしば競技中に突然死を起こす例も散見されるが、これらのことが起こっていると想像される。また血圧が上昇することも考えられる。なお、同様なことが本来自己輸血である血液ドーピングでも起こりうる。
 また男性ホルモン・蛋白同化ステロイドのドーピングも赤血球増多を軽度もたらす。この薬剤は造血幹細胞を刺激するためと言われている、骨髄線維症や再生不良性貧血で骨髄移植ができない場合などに使用する。したがって、筋肉増強のためにこの薬剤を使用する人多いが、副作用として当然、赤血球増多になりやすい。しかし、エリスロポエチン使用よりも動脈硬化の方向に働く作用は強いので,長年の使用で脳梗塞、心筋梗塞の予備軍となっていくことは必定である。エリスロポエチンもそうであるが、使用している限りは赤血球増多に関して使用を中止する以外は水分を大量に摂取して、血漿量を増し、相対的に濃度を下げるしかないのである。

Topic 9
専門家および専門科の選択

 ドーピングを行って副作用が発生したときに仲間内やインターネット上のブログや、SNSなどで相談しているケースが多いことはすでに述べた。さらに専門家および専門科の相談が重要であることも述べた。この中で意外とみなさんが知らないのがこの種のテーマに関する専門家と専門科である。
 専門家としてはまずスポーツドクターという資格がある。スポーツドクターの資格は複数の団体、学会が認定している。そのひとつが日本体育協会(日体協)が認定するスポーツドクターである。これは日本体育協会や各競技団体が推薦した医師が取得する資格である。取得するにはさまざまな内容の講義を受け、単位を取得することが必要である。認定される医師の専門科もさまざまである。この資格は競技スポーツ医学も健康スポーツ医学も網羅している。講義の内容は「スポーツ医学研修ハンドブック基礎科目」と「スポーツ医学研修ハンドブック応用科目」でいずれも文光堂から出版されている。スポーツ医学に関する知識を得たい人は一読を薦める。また、日本医師会では健康スポーツ医がある。これは文字通り、医療との関係で健康スポーツとの関係で実施されている制度と解釈できる。この上記2資格の講習ではドーピングに関する講習が行われている。しかし、内容としてはドーピングコントロールの精神とその検査実施の実際について、またTUE(薬物の治療目的の適用措置)、すなわち病気に罹患している選手が治療として薬物使用をすることを許可する措置の申し込みの方法が主体である。したがって、実際に副作用を呈した患者の措置などに対して講義は一切ない。このあたりが問題点である。一方、日本整形外科スポーツ医学会の認定するスポーツ医が存在する。これはスポーツ整形外科に属する整形外科医が持つ資格である。何らかのスポーツによる外傷が起こったときにはこの種の資格を持つ医師に診てもらうことを推奨する。スポーツ整形外科を標榜している病院やクリニックではこの種の資格をもつ医師に雇用している場合が一般的である。
 一方、ドーピングによる副作用を呈した場合に患者はどうすればよいかというのが関心事であると思う。蛋白同化ステロイドや成長ホルモンなどの副作用の場合は内分泌を専門医にする医師が診察することが望ましい。成長ホルモンやIGF-Iなどは内科の内分泌代謝科が望ましい。ただし、最近は糖尿病内分泌科などの呼称の科が多い。これはどうしても患者の人数などから医療経済学的には糖尿病科をメインにしないと経営的に成り立たないからである。そうなると糖尿病の専門医が増え、成長ホルモンなどの内分泌の専門家は少ないのが現状である。またエリスロポエチン(EPO)のような造血ホルモンの問題はむしろ多血によるさまざまな障害が多いので、血液内科やむしろ循環器内科の受診が望ましい。一方、男性ホルモン・蛋白同化ステロイドやその周辺のhCGなどの薬剤による副作用は対処がむずかしい。すなわち、内科の内分泌で生殖系内分泌を扱う医師が圧倒的に少ないのが現状である。また副腎皮質ステロイドホルモン、特に糖質コルチコイド(グルココルチコイド)を含めたステロイドホルモンの専門医がおり、そのような先生方に診察していただくのが一方法である。一方、前立腺や精巣などの生殖系臓器に関わる問題の時は泌尿器科の受診もある。泌尿器科の中でもアンドロロジーに詳しい、すなわち男性ホルモンに詳しい医師のいる院所を受診するべきである。内科、泌尿器科の専門家は日本生殖内分泌学会や日本アンドロロジー学会のホームページから事務局に連絡し、医師がどこにいるのかを相談することが望ましい。また女性化乳房の治療は乳腺外科か形成外科の受診が望ましい。しかしながら、専門家も含め一般の医師へのドーピングによる副作用を呈した場合の副作用の情報はまだまだ浸透しておらず、当然対処が未経験の医師が大多数であることも述べておきたい。
 また蛋白同化ステロイドの使用や興奮剤の使用にともなう精神神経系の症状には基本的には精神科または心療内科のアプローチが必要である。日本スポーツ精神医学界に所属する医師でかつ日本アルコール・薬物医学会に属する医師を探すのが理想である。すなわち、うつ病などを専門とする医師は多いが、薬物によるさまざまな副作用を呈した患者を専門的に診る医師は少ない。これを専門的にアプローチしたのが後者の学会である。一方、前者はスポーツに関わる精神神経系の諸問題に詳しい医師が関わった学会である。現状では両者を兼ね備える医師は少ないと思われるので,薬物の副作用という観点からは後者の学会に属する医師を選択がベターかもしれない。
 以上、この問題に関する専門家および専門科の選択のポイントを私見として述べた。参考にしていただければ幸いである。

Topic 8
テストステロン分泌能の評価の有用性

 男性ホルモン・蛋白同化ステロイド(以下アナボリックステロイド)の大量投与をドーピングとしておこなうと、それによりさまざまな副作用を呈することになる。大量投与を行うと自身のテストステロン分泌が抑制されてしまう。副作用を呈している人の問題点に共通するのは、そのときのご自身の内分泌環境をきちんと客観的にとらえていないことである。治療する段階に至っても内分泌学的検査を行っていないことが多い。少なくとも医療機関を受診する際にテストステロン、フリーテストステロン、エストラジオール(E2)、LH、FSHの測定は必須である。アナボリックステロイドの大量投与により血清中のテストステロン、遊離テストステロンの濃度が極端に低下することがある。そのようなとき、さまざまな副作用が起こっている。精巣の萎縮、勃起不全(ED)、女性化乳房、無精子症などの生殖の問題、うつややる気が出ないなどの精神神経系の問題が起こってくる。重篤なのはアナボリックステロイドの投与を中止後も自身のテストステロンの分泌能が回復しないケースもあることである。
 このようなことを防ぐために、ドーピングをする人たちはいわゆるステロイドサイクル中にHCGやクロミフェン、アロマタイゼーション阻害薬などの併用を行い、自身のテストステロン分泌を抑えようと試みている。しかしながら、HCGやクロミフェン、アロマタイゼーション阻害薬の投与量や時期が適切でないために、効果が認められないことが多い。したがって、病院や診療所において、アンチ・ドーピングの立場から、副作用による諸症状が起こったときには、治療としてきちんとした投与量や、投与期間の検討をする必要がある。あるいは内分泌学的な測定値をモニターしながら、検討する貴重な材料とするのである。ある副作用を呈したケースでは、HCGの投与量をいわゆるステロイドサイクルに記載されているものではなく、投与量と週に何回投与を行うかはそれより多い医療的投与量と回数を実施した。それにより減少していたテストステロン、フリーテストステロンの値は正常値下限まで回復し、さらに副作用も軽減したケースが多い。
 このように重要なことは副作用が発生したときには、仲間内の相談や、インターネット、ブログやSNSなどのやりとりでは専門医の介在もなく、治癒にはきびしいものがある。やはり専門家による治療が望ましい。

Topic 7
日本におけるドーピングの副作用の治療の問題点とどう対処するか

 日本においてドーピングを行って副作用が発生したときの治療については難渋を極めているのが現状である。アンチ・ドーピングの立場から言えば本人が自分の意志で、場合によってはコーチから強制的にやらされている場合もあるかもしれないが、基本的には自業自得であると考える人が多いのは確かである。その考え方が基本にあるためにスポーツ競技団体もこの事象に対する扱いも冷たい。また医療機関もドーピングを行って発生した副作用の情報について知らない、知らされていない現状もあり、実際そのような患者も診たことがないので、治療に困るわけである。またケースレポートも少ないので手探りで治療を行うことになる。さらにこのような患者を治療した医師が実際、このような患者の治療に興味を示さないのでケースレポートを書かないので、その治療情報が広がって行かないという悪循環に陥っているのが現状であろう。さらに医療機関においても保険診療を断り、自費での受診になる可能性もある。
 副作用を呈した人がまず相談していると思われるのが、薬物使用者が参加するブログである。このようなブログでは回答者は実際の体験談やかなりの医学的知識を持ち合わせており、女性化乳房などはそのアドバイスで治療している人が多いのが実際であろう。しかしながら、治療がうまくいかない場合のフォローや次の一手がうてない欠点がある。  おそらくその段階で街の開業医や病院を受診するのだと考えられる。しかし、街の開業医や病院では満足いく結果が出ず、人によっては大学病院や大病院を紹介されるケースもある。しかしながら、そこに行っても満足いかない治療に難渋するケースが多い。おそらく相当の数の人が副作用に悩んでいるものと思われる。
 それでは副作用が発生したときどうするか。手前味噌のようであるが、やはりこのホームページで相談することをおすすめする。当方の相談コーナーはあくまでもアンチ・ドーピングの立場に立つものである。それは当然理解していただき、その立場で薬物の使用は中止していただく方向を促したうえで、治療のアドバイスをさせていただく。よくあるケースは病院の紹介である。しかも受診するにあたって診断、治療のポイントを患者本人が知識を持って受診するか否かは重要な治療がうまく行くか行かないかの分岐点である。また受診中も主治医のプライドを保つようにしながら、適宜アドバイスを行う。主治医との関係がうまくいかないと治るものも治らない。
 このようなサービスをボランティアで行っているので一度当方に相談することをおすすめする。実際、ドーピング検査における薬物分析の研究を除いては、日本においてドーピングに関して審査を経て掲載された邦文、英文ともに執筆したのはほとんど自分のみの現状を理解していただきたい。さらに内分泌、特に男性性科学を専門として薬物に詳しい医師として唯一の存在であるのでその点を直視していただければと思う。
 また患者が首都圏の在住であればいったん高橋の診療する医療機関を受診してもらい、紹介状もあわせて発行することもある。


成長ホルモンの検出が可能になる(朝日新聞2月24日朝刊より)

薬物HGHで初陽性 プロラグビー選手処分 英国反ドーピング機関
 英国反ドーピング機関は22日、禁止薬物のヒト成長ホルモン(HGH)を使用したとして、ラグビーのプロ選手を2年間の資格停止処分にしたと発表した。ドーピング検査でHGHが検出され選手が処分されるのは世界で初めて。
 筋肉増強作用があるHGHは検出が難しい薬物。アテネ五輪から検査が始まり、北京五輪では最新の検査機器が導入された。これまで選手が、使用を告白した例はあるが、同機関のパーキンソン理事は「検査で陽性反応が出たのは世界で初めて」と話した。世界反ドーピング機関(WADA)のハウマン事務総長は「とても重要な一歩。HGHは見つからないと言っていた選手たちは愚かだ」と述べた。
 処分を受けたのは、31歳の元イングランド代表フッカー、テリー・ニュートン。19日にHGHの使用を公表、所属チームを解雇された。(AP=共同)

検出成功、大きな抑止力に
 反ドーピング活動の中で、最大の懸案だったヒト成長ホルモン(HGH)の検出についに成功した。1990年代から乱用が指摘され、96年アトランタ五輪は「成長ホルモンゲーム」とまで揶揄(やゆ)された禁止薬物。なのに検査法の確立が難しく、筋肉増強剤として使い放題になっていた。
 HGHの違反が発覚した例は過去にもある。しかし、税関で押収されたり、捜査を受けた選手が自ら告白したりしたケースなどで、検査で陽性反応を示して突き止めたケースはなかった。
 HGHは人の脳下垂体から分泌されるホルモンで、だれもが体内にもつ。そのため、遺伝子組み換え技術を使って人工的につくられたものと区別するのが難しい。早く代謝されてしまうことも検出を困難にしていた。
 検査法開発のために国際オリンピック委員会(IOC)や欧州連合(EU)、WADAなどが計10億円以上の資金を拠出。研究が進んだ。検査は2004年アテネ五輪で初めて導入。だが、投与後48時間以内でないと見つけられないという不完全なものだった。
 06年トリノ大会、08年北京大会も陽性はゼロ。検査の実効性を疑問視する声もあった。検査用キットの生産が進まず、検査態勢の整備が停滞した時期もあったが、20年近い関係者の努力がようやく実った。今回の成功は、HGH使用をやめさせる大きな抑止力になるだろう。(酒瀬川亮介)

 今回、成長ホルモンの検出が可能となり、これからドーピング検査で陽性者が増えるものと思われる。これによりどのくらいの規模で使用されているのかの推定もできるようになる。そこから副作用の被害の実態についても調査が可能になるだろう。身体各臓器の肥大、特に心筋症など心臓への影響が一番懸念される。



ステロイドサイクルの繰り返しは
臓器の組織形態の変化をもたらす

ステロイドサイクル
2サイクル目の心筋組織(雄ラット)
ステロイドサイクルを2サイクル施行し、炎症部分を持った心筋組織。白い部分()が炎症層であり、本来はそういうものが見あたらない。
ステロイドサイクル
2サイクル目の精巣組織(雄ラット)
ステロイドサイクルを2サイクル施行し、テストステロンを分泌するライディッヒ細胞()が萎縮、喪失した精巣の組織。腺組織と腺組織の間に島状にあるライディッヒ細胞があまり見えない。

 雄ラットにステロイドサイクルを2サイクル施行すると、心臓、精巣、および前立腺、腎臓、肝臓の組織に変化が出てくる。1サイクル目でははっきりしない。しかし、これではあくまでも解剖形態学的変化であり、1サイクル目にも機能的変化は来ている可能性はある。ひるがえって人に当てはめて考えれば、ステロイドサイクルを繰り返している人は解剖学的にも臓器の組織形態に変化が出ることが考えられる。



「Anabolic Steroids、臨床家のためのの総説」紹介

 今回のトッピクスはSports Medicineの02年32巻285ページに乗ったKutserらの「Anabolic Steroids、臨床家のためのの総説」について紹介したい。
 ここで彼らは蛋白同化ステロイドがボデイビルダーなどのアスリートは熱心に蛋白同化ステロイドの情報を収集している事実を示している。しかも作用や使用法については大変詳しい知識を持っている。しかし、残念ながら得られるものバイヤーなどを通したエピソード的なものが多く、文献的な裏付けのあるものではない。すなわち系統立てられたものではない。
 蛋白同化ステロイドのアメリカ合衆国での使用状況について論説も加えており、高校生や大学生のスポーツに決して無縁ではないことを示している。また蛋白同化ステロイドの生理や作用、副作用についても言及していた。蛋白同化ステロイドを使用しているというかなりのプラセボ効果を強調していることも述べておく。
 しかし、これまでの蛋白同化ステロイドの研究についても問題点を指摘していることも述べておこう。ヒトを対象にした研究のため、すべての研究が単剤投与である。実際の現場では併用(スタッキング)しているにもかかわらずである。しかも投与量が実際使っている量よりも圧倒的に少ない。併用の効果が知られていないにもかかわらず、多くの研究者は併用の研究を行っていない。しかも共通パラメーターを使用していないので論文かの結果の比較が難しい。
 このようなことが医師-患者関係の不足をもたらし、アスリートをアンダーグラウンドなステロイドハンドブックのような出版物に向かわせることを彼らは指摘している。
 実際、高橋が蛋白同化ステロイドの副作用を呈した患者を診察すると教科書的なものよりもこれはと驚くと言うことが多い。これがその背景であると感じる。このような状況を含め、臨床および研究を進めて行きたい。



ワールドカップとドーピング

 本年はサッカーの世界的競技会であるワールドカップが日韓共同で開催される。当然この種の競技会ではドーピングコントロールが厳重に行われる。ところでサッカーによるドーピングの特徴的なものはどんなことがあげられるか。
 まずサッカーで頻用されるのが興奮剤の類である。すなわちエフェドリン、フェニールプロパノアミン、アンフェタミン類が使用される。場合によっては麻薬で陶酔した気分で“ぶちきれる”わけである。マラドーナ選手の例などが典型である。したがってこれらの興奮薬の常用による依存症的選手が散見されるがその治療はきわめてむずかしい。興奮剤の使用がきっかけで起こる自律神経の失調やパニック障害などは実にやっかいである。日本選手が海外に進出するのは大歓迎であるが、これらに染まらないで欲しいと祈るばかりである。
 また持久性を高める薬物が使用される可能性も大きい。エリスロポエチン(EPO)が多用されているが、日韓の6月の高温多湿(特に地球温暖化により高温が予想される)の気候を考えるとこれを使用した選手などは血栓形成に加えて脱水症状により突然死などの事故が起こる可能性もある。先日のソルトレークオリンピックでもエリスロポエチンの類似物質であるダーベポエチンが使用された。その他血液ドーピングも行われる可能性があり、いずれにしてもこれらを使用した事故に要注意である。
 さらに男性ホルモン・蛋白同化ステロイドや成長ホルモンなどのいわゆる筋肉増強剤が筋肉増強のために使用されてくる可能性はある。実際、男性ホルモン・蛋白同化ステロイドはヘモロビンを高め持久性を増す可能性もあり、クレンブテロールなどは興奮性もともなう可能性があるので要注意である。現在のドーピングコントロール技術では検出できない成長ホルモン、ソマトメジンCの使用も憂慮される。
 さらにドーピングの問題は別に選手だけではない。フーリガンが日本国内でアンフェタミン、麻薬の使用で騒動を起こさないよう、そして日本の若年者に波及しないよう警備当局の奮闘に期待する。



男性化作用について

 男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドのドーピングによりイライラやちょっとしたことに対しても攻撃的になることがあるが、これはこれらの薬剤の男性化作用による。不眠や脱毛、男性型ハゲ、性欲更新などもこの作用による。
 一方男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドの投与期間が長かったり、投与量が過剰であるとこれと逆に気分が落ち込んで何もやる気がおきない状態になる。いわゆるうつ状態である。また性欲低下、勃起不全などにもなる。これは投与した男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドがアロマタイゼーションにより女性ホルモン(エストロゲン)に変換される率が高まり男性ホルモン(アンドロゲン)とエストロゲンの比率が崩れるためである(ある種のアロマタイゼーションしない蛋白同化ステロイドはあることはあるが)。女性化乳房も同様のメカニズムである。また男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドの投与を中止した時期にもこの種の症状が出現する。
 精神神経症状にはイライラや攻撃的なときには抗不安薬(穏和精神安定薬)を中心に処方する。またひどいときには鎮静薬にて対処する。一方、アロマタイザーションによる相対的女性化によるうつには抗うつ剤を使用したいがこういう人に使うと相対的な女性化ということで依然として高アンドロゲン血症はあるのでまかり間違えると攻撃となって取り返しのつかないことも起こる。やはり抗不安薬(穏和精神安定薬)を使って精神の安定を図ることが中心となる。
 このような症状のある人は精神神経科医とよく相談する必要があるだろう。



女性化乳房について  Copyright by Masato Takahashi,MD

 男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイド(アナボリックステロイド)を使用したときに最も訴える副作用が女性化乳房である。女性化乳房になるのは肝硬変の時や薬剤使用によるものが大部分である。男性にとって乳房が膨らむということは脅威的なことである。原因としては男性ホルモン(アンドロゲン)と女性ホルモン(エストロゲン)のアンバランスが原因である。生体では男性ホルモンの代表であるテストステロンが女性ホルモンの代表であるエストラジオールに変換(アロマタイゼーション)する。男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドを投与するとその変換率が高まりこれらの薬剤からもエストラジオールに変換される。そのために 男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドを投与したのに女性化するのである。これは乳房のみならず精神的にも女性化したりうつ的となる。
 医学的には女性化乳房の治療乳癌と異なり生命に関わらないことからあまり熱心に行われていないのが現状である。
 男性ホルモン製剤・蛋白同化ステロイドによる性化乳房の治療としては当然薬剤の中止である。また、エストロゲンレセプター阻害剤やアロマタイゼーション阻害剤の使用であるが保険適用はなく自費治療である。また素人治療を試みる人がいるがホルモンのバランスを崩す治療なのでやめた方がよいのは当然である。
 最近ではアンドロステンジオンやサイクロフェニールを使用して女性化乳房による人が多いことも付け加えておく。